コロナウイルス感染症の嗅覚障害は、初診から47日前後で調べた結果、完全に回復した人が49%でした。全く改善しなかった人は37%にも及んでいます。鼻の中へのウイルス感染が鼻の天井部分の嗅裂から嗅上皮に侵入し神経を伝って、嗅球そして脳内へと直接侵入していくことがわかってきました。
コロナウイルス感染症部分は、岐阜大学脳神経内科教授の下畑享良先生のブログと知見スライドを参照しています。下畑先生が新潟大学の准教授時代に私もお世話になりました。
ニオイは鼻の天井部分で感じている
ニオイは、鼻の中の頭側、天井部分に並んでいる、嗅上皮で感じています。この嗅上皮がならんでいる隙間を嗅裂といいます。においの物質が鼻の中を通り、鼻の天井まで到達し、嗅上皮に付着するとニオイを感じます。もし蓄膿症や鼻の中にポリープがあるとこのニオイが嗅上皮まで到達しない為、ニオイがしません。鼻つまりや鼻水などがないのにニオイがしない人は嗅上皮までの鼻の中の問題ではなく、鼻の脳みそ側の中枢までのどこかの障害と考えられます。
嗅上皮の内側には、嗅神経細胞と呼ばれるニオイを感じるセンサーが並んでいます。このセンサーは嗅い1種類に付き1個に反応していて、人では350種類の匂いを担当するセンサーつまり、嗅神経細胞が合計数千万個並んでいます。いろいろなにおいでセンサーが反応する組み合わせが変わるので、数十万の匂いをかぎ分けられると考えられています。嗅神経細胞はニオイを感じると、情報を電気信号として軸索と呼ばれる電線を通じて、脳の前方にある嗅球へ伝えます。嗅神経細胞は生涯に渡って常時再生し続けており、30-120日で新しい嗅神経細胞に置き換わります。
嗅覚障害で多いのは感冒後の嗅神経の障害です。
風邪の後にニオイがしなくなって数か月経っている場合は、この嗅上皮から嗅球までの障害が考えられます。強烈なウイルスの感染により嗅神経細胞が壊れる、もしくはここから脳まで続く電線が壊れる、嗅球というニオイの電気信号が集まるところが壊れていると思われますが、この部分の検査方法はなくあくまで推測になります。このような患者さんは、鼻の中はとても綺麗で鼻ポリープや鼻水がありません。こういう場合は漢方薬の治療を行います。嗅覚がなくなって短期間の人であれば6割以上に効果があります。
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コロナウィルス感染症による嗅覚障害の原因はハッキリわかってはいません。それでもコロナウイルス感染症で嗅覚障害初期の患者さんのMRI所見上、ニオイを感じる部分が並んでいる嗅裂がほとんどで完全に閉塞していることが確認されています。1か月後には嗅裂閉塞は半数以上で改善しています。ただしギリシャからの報告では、コロナウイルス感染症後に嗅覚障害を起こし40日以上経った8名のMRI所見で、5名が高度の嗅球萎縮が認められています。このような場合は漢方治療をしても厳しいかもしれません。
ただし事故や脳出血などで、脳自体に損傷がある方は、この治療は困難です。こういう方は嗅球までは正常であっても、そのもっと中枢の脳の中でニオイの情報を分析する力がなくなっていると思われます。そのため漢方治療をしても治ることはありません。
漢方薬は、ニオイの神経に栄養を与えて再生をうながす
ニオイの神経細胞は、毛髪と同じように細胞が死ぬ、その後に新生して発生する一連のサイクルを行っています。マウスやラットなどの報告では、神経が壊れた場合4から6週間で見た目も機能も回復することが分かっています。このニオイの神経が回復する過程で必要なものが、神経成長因子です。神経成長因子(NGF)は特に嗅球に多く存在していることが、分かっています。NGFを投与すると、嗅球から嗅神経細胞まで神経の電線がどんどん伸びてくることが分かりました。このため嗅覚障害治療では、NGFを活性化させる成分が入っている漢方薬が注目されています。漢方薬の生薬の中に神経突起進展作用、NGF産生を進める作用、神経保護作用を持つものが数多く知られています。
神経成長因子(NGF)そのものの薬はないのでしょうか
現在ではNGFそのものの内服薬はありません。NGFは、とてもサイズが大きく、飲み薬として飲んでも消化管から吸収されません。更に、血液脳関門という脳を保護するための関所(異物が脳に入らないようにする)があるため、脳まで到達しないと考えられています。漢方薬はもともと脳の嗅球に存在しているNGFの作用を亢進させることで、嗅覚障害を改善すると言われています。
代表的な薬は、当帰芍薬散、加味帰脾湯、人参養栄湯
当帰芍薬散、加味帰脾湯、人参養栄湯などにそれらの生薬が多く含まれています。マウスを用いた実験では、これらの漢方薬を投与したマウスは嗅球内のNGFの量が増加したことが観察されています。また、抗がん剤を投与されたマウスに、これらの漢方薬を投与すると抗がん剤による嗅神経障害を予防することが分かっています。生薬の成分の中の、蒼朮はNGF合成促進作用、人参は神経突起伸展作用、芍薬も中枢神経に作用して記憶障害改善作用があるようです。
でも漢方薬って食前に飲むんですよね
漢方薬は西洋薬と異なり、その多くは消化管の粘膜全体から吸収されます。そのため、吸収効率を考えるとお腹の中身がほとんど空になる、食前や食事と食事の間の服用が勧められています。一般的な西洋薬が食後に飲むことが多いため、薬は食後にのイメージがある方が多いようです。漢方薬を飲む準備はしているもの、ついついご飯を食べてしまい漢方薬を飲むタイミングを忘れるという方が多いようです。 これを裏付ける、産婦人科外来を受診され漢方薬を処方された139名へのアンケート調査があります。その結果、約半数以上が食前に飲み忘れることが多い、または食後に飲んでいるという結果でした。
おやつ時や寝る前に飲みましょう。
そこで良いのが、小腹の空いた時期に内服してもらう方法です。朝起きた時と寝る前などや、おやつ時の午前10時、午後3時など4-6時間開けて3回となるように、あまりこだわらず飲んでもらいたいと思います。薬を飲み忘れるよりはよい、という考えです。さらに60Kg以下であれば一日2回程度でも十分に効果をあげることができますので、一日2回は飲めるようにしてもらっても良いです。漢方薬は速攻性のあるものも多く、一度に2袋を短期で数回飲んで症状を改善させるものもあります。本来の効能通りではありませんが、そのような使い方もあり得ますので、漢方専門医等に聞いてみることもおすすめです。
飲み方を工夫して長く半年で6割の改善効果
漢方薬はもともと脳の嗅球に存在しているNGFの作用を亢進させることで、嗅覚障害を改善すると言われています。直接的に神経を再生させるものではないため、内服の効果が出てくるまで半年ぐらいかかることもありますので、投与開始してしばらくは様子を見る必要があります。カゼの後の嗅覚障害のすべてに効果があるわけではなく6割程度といわれています。どんな人が効果があるか、事前にわかればよいのですがわかっていません。嗅覚障害が起こってから短い人の方が回復までの期間が早いと言われています。ほかに良い方法がないため漢方治療を一度試してみても良いと思います。
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