なぜ年をとると食事中にむせやすくなるのでしょうか。むせやすくなった方へ理由を解説して、誤嚥しないための筋肉トレーニングを3つ教えます。毎食前に行えばむせ込みが減りますよ。
食べ物が肺に入らないように、ノドぼとけが上に動いて、ブロックしている
食べた物が口の奥からノドに入った瞬間に、反射的にノドぼとけが上に上がります。
わずか0.6秒の間の出来事です。
のど仏は目立ちませんが女性にもあります。喉頭という部分を形成する甲状軟骨のでっぱりのことです。
ノドぼとけの上の部分に蓋があり、ノドぼとけが上にあがると蓋が気道をふさいで、食べ物が入らないようにブロックします。
皆さん、ノドぼとけを押さえながら唾液を飲んでみてください。ノドぼとけが上に上がらないので飲めないと思います。
何かの拍子に大きくむせ込んで咳をするのはなぜでしょうか。
ノドぼとけが上に上がりきらない前に食べ物がノドにまわり、気道に入るため、咳込むのです。ノドぼとけが 最大に上りきったところで気道の入り口が完全に塞がるからです。
ノドに早く回りやすい食べ物、つまり固形物より水分の方がむせることが多くなります。
年を取るとノドぼとけの位置が下に下がる
ノドぼとけの最も上に上がった高さ(最大挙上位置)は若者も高齢者も同じ高さです。
しかし普段のノドぼとけの位置は、高齢者では下がっています。80代では男性では10ミリ、女性では4ミリ 下に下がると報告されています。
ノドぼとけを支えている靭帯や筋肉が緩むためです。このため、飲み込む時にノドぼとけを上げなければならない距離が伸びます。
この安静時のノドぼとけの位置は40代から徐々に下がっていきます。
70代くらいまでは、ノドぼとけを上に上げる力は保たれて、むせることは少ないです。
80代ぐらいからノドぼとけを上に上げることができなくなり、むせることが増えます。
食事の時の姿勢も、とても重要です。
姿勢が悪くアゴを突き出した状態では、ノドぼとけとアゴの距離が大きく離れてしまいます。
皆さんも猫背でアゴを突き出して水を飲んでみてください。非常に飲みづらいと思います。
つまり顎を引いて首の前面が突っ張らないような態勢をしましょう。
ノドぼとけが上に上がりやすい状態をつくるわけです。
ノドぼとけを上にあげる筋力が、飲み込みに重要
飲み込む力が落ちてきたと感じたら筋肉トレーニングをしましょう。
ノドぼとけとアゴの間の筋肉を鍛えます。
2つの方法を紹介します。どちらかを行いましょう。あご持ち上げ体操のほうがおススメです。
新潟大学医学部耳鼻咽喉科・頭頸部外科公式YouTubeでも動画で解説しています。
おでこ嚥下体操
一つはおでこ嚥下体操です。おでこを手で押しながら顎を引くものです。
この時めいいっぱいおへそを見るようにお辞儀をしましょう。
これに負けないぐらいにおでこを手のひらの手首側(手根部)で押します。この状態で5から10秒の間、押し合いっこをするのです。これを5から10回くらい毎食前に行いましょう。
アゴが首にくっついてはいけません。
最初に考案した先生の論文(参考文献1)では、リハビリの介助者がうしろから、おでこを抑えて行っています。
自分は目いっっぱいアゴを引いて、あごが付かない程度にうしろから、おでこを支えてもらってください。
奥さんや旦那さんにやってもらっても良いと思います。
あご持ち上げ体操(頸部等尺性収縮手技)
もう一つは、あご持ち上げ体操(頸部等尺性収縮手技)というものです。
親指を二本突き出し顔の前に揃え、そのまま顎の先端中央にあてます。
アゴを目いっぱい引きましょう。アゴの先端の親指は上へ力いっぱい押し返します。
このアゴ引きも首につかないように、親指を天井向けて押し返し5秒間キープしてください。
これも各食前に5から10回行いましょう。
この論文(参考文献2:写真)では、安静時のノドぼとけの位置も上にあがるという結果が得られています。
これも自分で行わずに、配偶者に抑えてもらうことも可能です。
人差し指から薬指の3本をそろえてアゴの下にあててもらって、上に押し返してもらいましょう。
どちらの筋トレでもいいですので、三食の食前に3から5回行いましょう。
ノドぼとけが上に行きやすくなり、さらに筋力も上がります。
2から3ヶ月でむせづらくなったことを実感できるはずです。
嚥下研究で有名な西山耳鼻科医院の西山耕一郎先生が書籍(『肺炎がいやならのどを鍛えなさい』 飛鳥出版2017)にイラスト(参考文献3)を書いていますので、参考にして行ってください。
他に大事な筋肉は、ノドから食道に食べ物を押し出す筋力
口を開けて突き当りに見える空間が中咽頭(ノドの中間の高さの部分)と言われる部位です。
この部分が収縮することで食べ物を食道に向けて押し出します。
ノドぼとけの上昇とともに中咽頭の収縮が起こります。
この部分の筋肉は、高齢者で厚みが薄くなり、空間が広がることが分かっています。
20代、60代、70歳以上の健常者の女性20人ずつ60人の中咽頭の筋肉量をMRIで調べた研究で年齢を追うごとに筋肉量が減って中咽頭腔が広がることが確認されています。(参考文献4)
ラットの研究では、この筋肉の繊維を顕微鏡で調べると、筋肉収縮力の高い繊維が加齢とともに収縮力の弱い繊維に変化していくことが分かっています(参考文献5)。
つまり、加齢によりノド(中咽頭)で食べ物を食道へ押し出す力が落ち、ノドの空間も広がるのです。
このため、年を取ると飲み込んだ後もノドから食道に押し込めなかった食物が、ノドに残りやすくなります。
このノドに残った食べ物は、飲み込んだ後のふとした瞬間に、気道にはいりむせ込みのです。
舌の先端を軽く噛んだまま、唾液を飲み込む筋トレをしよう
この中咽頭の筋肉強化に、前舌保持空嚥下法というトレーニングが有効です。
口を開けて舌を少し前に出し軽く甘噛みします。この状態で口の奥に唾液を溜めて行ってください。
一定量唾液が溜まると飲み込むことができると思うので飲み込んでください(これを空嚥下といいいます)。
この時舌がやや引っ込みそうになっても良いですが、舌先は歯より前に出ている必要があります。
舌の根元とノドの壁が接触するように強化し、中咽頭の筋肉収縮を即す訓練です。
6~8回程度をこれも毎食前にしてみてください。3か月程度で効果がでると報告(参考文献6)されています。
まとめ:ノドぼとけが上がりやすくなればムセ込みから解放されます
ノドぼとけが最大に上がったときに食べ物は気道にはいらずに食道に流れ込む
ノドぼとけを動かしやすい姿勢で食事をしよう
ノドぼとけの上の筋肉を鍛えるために、アゴをひく動きに負けないように、おでこかアゴ先を支えよう
①あご引き保持と②舌先甘噛み空嚥下の筋トレを、毎食前に数分、行えばむせ込みから解放されます
参考文献1:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsdr/12/1/12_69/_pdf/-char/ja
参考文献2:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jibi/56/Suppl.2/56_Suppl.2_S195/_pdf/-char/ja
参考文献3:https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsrcr/29/2/29_206/_pdf
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